神戸地方裁判所尼崎支部 昭和28年(ヨ)66号 決定 1953年5月30日
申請人 鈴木実
被申請人 大日電線株式会社
主文
申請人の申請を却下する。
事実
申請代理人は一、被申請人が昭和二十八年三月十六日付を以て申請人との労働契約を解除するとの意思表示はその効力を停止する、被申請人は申請人に対し申請人が就業の申出をしてから毎月二十五日に一日金二百五十円の割合(一ケ月七千五百円)の金員を仮りに支払はねばならぬ。との裁判を求め、その理由として、
一、被申請人会社は電線の製造を業とする会社であり申請人は昭和二十六年五月四日所謂臨時工として会社に入社し爾来引続き働き撚線工をしていたもので平均賃金は一ケ月金七千五百円である。
二、然るに昭和二十七年十月中頃作業中線巻機のブレーキ用のタル木がはねて右胸を強打しその後痛み十一月六日から「右湿性肋膜炎」として中馬病院に入院加療中であるが近く退院し作業に従事し得るものと喜んでいたところ突如として昭和二十八年三月十七日疎甲第一号証のように同月十六日付で解雇する旨の通知を受けたのである(その後三月二十六日予告手当金を郵送してきた)。
三、申請人は被申請人に解雇の理由を問うたところ始めは理由はないといつていたが後には病気で当分働く見込みがないからだといつたがこの解雇は左記理由により違法であり無効である。
イ、人の生存権に直接関連する。
解雇には社会通念上之を必要とする相当の理由を要する。申請人は作業中の事故に起因して発病し近く全快退院せんとする状態にある(医師は退院してよいと云つてゐる)。発病以来僅かに四月半に過ぎずして退院近しとして解雇された。
ロ、労働協約第四十九条に違反する。
被申請人会社と大日電線労働組合との間に締結された労働協約は労働組合法第十七条の所謂一般的拘束力により非組合員である申請人にも適用があるが、申請人は「精神又は身体の故障により業務に堪え得ない」ものと確定されていないばかりか「堪え得る状態になり」医師から退院してもよいといわれている。又他の各号にも該当しない。
ハ、就業規則にも違反する(就業規則にも労働契約第四十九条類似の規定がある)。
ニ、労働基準法第十九条に違反する。
申請人は作業中ブレーキ用のタル木がはね胸を強打されその後痛み入院したものである、尤も申請人は形式上私病の如く健康保険による入院をしているが疎甲第四号証の一乃至三の如く明かに胸を強打して紫色に変色し苦しんでいたが元来若く(昭和七年八月二十四日生、二十才)元気で入社以来一回も病気をしたことがなく健康保険組合から表彰された位であつたので気にせず引続き休まず働いていたが後痛み出し十一月一日から休み遂に六日入院するに至つたのである。かように申請人の疾病は実質上業務上のものでありまだ療養中に解雇するのは違法である。
右の如き次第で申請人は解雇無効確認等の訴を起すべく準備中であるがすでに医師からは退院してよいと云われているが働くことによつて生活している申請人は到底本案判決をまつていることができない(郷里米子市)ので本申請に及ぶと述べた。
(疎明省略)
被申請人は一、申請人の申請は之を却下する。との裁判を求め、答弁として、申請人が昭和二十六年五月四日より所謂臨時工として電線製造を業とする被申請会社に入社撚線工として勤務していたもので平均賃金は一ケ月七千五百円であること、その年令が昭和七年八月二十四日生、二十才であること、被申請会社が昭和二十八年三月十七日に同月十六日付で申請人を解雇し、同年同月二十六日予告手当金を申請人に郵送したこと、申請人は昭和二十七年十一月六日より「右湿性肋膜炎」として中馬病院に入院加療中であることはいずれも之を認める。
申請人が昭和二十七年十月中頃作業中線巻機のブレーキ用タル木がはねて右胸を強打した事実を否認する。
一、申請人の入院は業務上の疾病によるものではない。
イ、被申請人会社には労働安全衛生規則に基き同法第十一条の衛生管理者並に同法第二十条に基く安全衛生委員会が存在し、特に後者は労働組合選定の委員を加えて構成され毎月一回乃至二回開催され業務上傷害に付て委員会に必ず報告しその記録をとる組織になつてをり、委員会の下部組織として各作業場に安全担当係(作業場長、区長)が設置され常に自己の職場内における災害予防措置に留意している。
即ち工場の安全衛生に関し之が厳格なる管理を行うと共に恒に機会ある毎に周知徹底に努めている、従て之ら安全衛生委員の誰もが知らない申請人主張の受傷がその主張の日時場所において発生したことは信じ難い。
又衛生管理者としては中馬病院長医師中馬優之に当り同病院より医師が毎週月、水、金の三日被申請会社工場に出張し診察に従事しているが何らかかる事実を発見していない(疎乙第一号証)。
ロ、被申請会社は労働安全衛生規則に基き昭和二十七年十月二十日定期健康診断を施行したが内診及レントゲン撮影の結果何ら異状は認められなかつた、申請人が同月中旬真実右胸を強打し傷害部位が紫色に変色(内出血)しているならばその時発見されるか或いは申請人自身が医師に申出を行つている筈であるがかかる事実はない(疎乙第二号証の一、二)。
ハ、申請人がかかる業務上の傷害事実を主張したのは本申請において始めてであつて是まで何等の申出もなく、且被申請会社並に安全衛生委員会の何ら認識し得なかつた事実であるが若しかかる事実ありとすれば今日迄の療養期間中に於て業務上の疾病を理由として労基法に基く療養補償、休業補償を請求しなかつたのが疑問に堪えぬ処で然も申請人は健康保険による傷病手当金を請求しているが発病の原因は不詳と申述している(疎乙第三号証)。
ニ、仮りに申請人の主張通り右胸部強打の事実ありとするも之が誘因となつて「右湿性肋膜炎」を発病した病理的因果関係を如何なる理由によつて判断せらるるや之亦深く疑問とする処である。
二、労基法第十九条違反の解雇でない。
前項業務上疾病でないから療養中の解雇制限規定に牴触せぬ。
三、労働協約、従業員規則、臨時従業員就業規則に違反しない。
解雇条項に関し労働協約第四十九条第一号、従業員規則第四十九条第一項第一号、臨時従業員就業規則第十八条第一号を対比するに何れも類似の規定であり、何れも協議条項もなく適用上も大差はない、申請人は臨時工である限り臨時従業員就業規則の適用を受くべきもので労組法第十七条による労働協約の一般的拘束力は臨時従業員には及ばない。
申請人は当初臨時従業員として採用されその雇傭期間は二ケ月でありその後二ケ月毎に幾度か更新され来つたのであるが其間明示又は黙示の意思表示により常傭従業員としての資格を取得したものとみることはできない。
四、但し本件では一般的拘束力を云々する実益はない。
本件仮処分申請は申請人の病気を理由として解雇したことが有効か無効かを論ずれば足り病気のため業務に堪えないと認められるときに之を解雇し得ることは労働協約によるも臨時従業員就業規則によるも同一である。
五、臨時従業員就業規則第十八条第一号に該当するものとして解雇された。
申請人は昭和二十七年十一月七日一応二ケ月毎の採用期限に達し(申請人は同月六日入院)之を更新しなければ期間満了による契約終了となるところ病状等を考え之を見合せていたところ昭和二十八年三月五日における病状は「近く退院してもよいが少くも三ケ月位は療養を要し就労のためには其後引続き三ケ月の静養を要し合計六ケ月かかる」との中馬病院村田医師の診断であつた、そこで疾病のため業務に堪えないものとの認定のもとに同月十六日付にて解雇通知をしたので決して抜打的又は会社の恣意から解雇したのでなく、且つ臨時従業員であるから特に不利な取扱をしたのでもない。
六、本件解雇は解雇権の濫用でもなく又解雇を相当とする正当なる理由の不存在の場合でもない。
と述べた。
(疎明省略)
理由
申請代理人の本件仮処分申請の趣旨、その理由並疎明方法、被申請代理人の之に対する答弁抗弁並疎明方法はいずれも前記の通りである、当裁判所は当事者双方審尋の上主文のように決定する、その理由は次の通りである。
申請人は本件解雇の無効を主張する、以下その主張する無効原因の夫々について判断する。
一、労働基準法第十九条違反について
申請人は業務上疾病であると主張する、疎甲第四号証一乃至三、同第五号証によると申請人が業務従事中線巻機のブレーキ代用のタル木がはねて右胸を強打した事実が一応認められるとしても右事実に基いて申請人が「右湿性肋膜炎」に罹つたかどうかについては負傷日時と入院日時が接近していること。申請人が入社以来一回も病気をしたことがないこと等を以て推認するわけには行かず反つて疎乙第一号、同第二号証一、二、同第三号証による被申請人の反証によつて申請人の負傷の事実並申請人の疾病が右受傷に基くことの申請人の疎明は覆されたものと認めざるを得ない。
労働基準法第十九条違反による解雇の無効原因は認められない。
二、労働協約並従業員規則違反の主張について
被申請人の主張は申請人の解雇は被申請会社工場臨時従業員就業規則第十八条第一項第一号に基き「疾病の為業務に堪え得ない」ことを理由とするから正当の理由があるという、疎乙第六号証、疎甲第七号証を対比して考えると申請人は解雇通告当時既に四ケ月半の入院療養を経たのち退院許可が出たほど快癒に赴きつつあるが尚軽労働可能まで四、五ケ月の療養を要する病状であることが認められる、それであるから疎乙第九、第十、第十二号証による申請人の病状の経過雇傭契約解除の経緯を考えるときは被申請会社が疾病のため業務に堪ええないと認めたことは相当であるといわなければならない、被申請人の抗弁は理由ありと認める。
尚申請人において労働協約(疎甲第六号)の一般的拘束力に基き臨時工たる申請人も右適用を受けること、労働協約に反する就業規則の無効なることの主張があるが右協約第四十九条第一号にも「身体の故障により業務にたえ得ないと認めるとき」一方的解雇をなし得る条項が存するのであるから、右申請人の主張について判断することは実益がないから之を省略する。
又臨時工である申請人が雇傭期間(二ケ月)の更新を重ね実質上常傭工たるの身分を取得したとの主張も同断である。
三、今日の労使関係において解雇に正当事由を要するとの立場に立つて被申請会社の本件解雇理由について考えるとき一、二、前述のように疎明に基き正当なる理由があると一応認めざるを得ない、本件解雇により申請人の精神的、経済的打撃が予想されるが業務上疾病療養中の不当解雇を飽迄主張するためには本訴の機会があり、本件仮処分申請に付てはその被保存権利である雇傭契約解除無効確認請求権につき(被申請人の抗弁事実が一応疎明せられるから)その存在が疎明されない。
従つて申請人の右仮処分申請は理由なきものとして却下の外はない依而主文のように決定する。
(裁判官 西田篤行)